3件の予定
盛岡さんさ踊り
太鼓の数が、世界一。 盛岡さんさ踊り。八月、大通りを、踊り手と太鼓が埋める。和太鼓の同時演奏数で、ギネス記録を持つ。 鬼の手形、という伝説がある。悪さをする鬼を、神様が捕まえ、二度…
太鼓の数が、世界一。
盛岡さんさ踊り。八月、大通りを、踊り手と太鼓が埋める。和太鼓の同時演奏数で、ギネス記録を持つ。
鬼の手形、という伝説がある。悪さをする鬼を、神様が捕まえ、二度と来ないと約束させた。その証に、岩に手形を押させた。盛岡の、岩手の由来。喜んだ人々が、踊った。それが、さんさの始まり。
太鼓を、抱えて打つ。歩きながら、跳ねながら。何百もの太鼓が、地を揺らす。
音が、内臓に響く。
見ているだけで、鼓動が太鼓に合っていく。夏の盛岡。三日のあいだ、町は太鼓の音でいっぱいになる。
盛岡・材木町よ市
盛岡の土曜の夕方は、材木町から始まる。 岩手・盛岡。東北の地方都市の中で、近年もっとも注目される移住先。「住みたい街」として、メディアに何度も取り上げられた。 材木町よ市は、そ…
盛岡の土曜の夕方は、材木町から始まる。
岩手・盛岡。東北の地方都市の中で、近年もっとも注目される移住先。「住みたい街」として、メディアに何度も取り上げられた。
材木町よ市は、その象徴的な場所だ。移住者が作った店、地元農家の野菜、若い料理人の屋台が集まる。夕方から夜8時まで。
東京から来た人と、もとからの盛岡の人が、同じ市場で交わる。それがこの市の空気だ。
何も買わなくていい。ただ歩いて、この都市の「今」を感じる。それだけで来た意味がある。
北上川がすぐそこにある。盛岡の夏は涼しく、空が広い。
新しい田舎の可能性が、材木町に集まっている。
それを見に来てほしい。
盛岡舟っこ流し
火をつけた舟を、川へ流す。 岩手・盛岡。八月十六日、送り盆の夜。北上川の明治橋のあたりで、舟っこ流しが行われる。町内会や寺壇が手づくりした、龍頭の屋形舟。位牌を貼り、提灯と供物で…
火をつけた舟を、川へ流す。
岩手・盛岡。八月十六日、送り盆の夜。北上川の明治橋のあたりで、舟っこ流しが行われる。町内会や寺壇が手づくりした、龍頭の屋形舟。位牌を貼り、提灯と供物で飾る。それに火を放ち、川へ流す。
燃えながら流れる舟は、明治橋のあたりで燃えつきる。水面に炎が映る。祖先の霊を送り、無病息災を祈る。送り盆の、精霊送りだ。
はじまりは、約三百年前。盛岡藩の藩主の娘が、川施餓鬼の大法事を行ったと伝わる。のちに、北上川で命を落とした遊女たちの霊を慰めるため、位牌と供物を乗せた舟を流すようになった。その二つが重なって、町の行事になった。盛岡市の無形民俗文化財。
日が暮れると、投げ松明。子どもたちが、火のついた松明を片手で回し、高い籠めがけて投げ上げる。そして最後は、花火。盛岡の夏が、川の上で終わる。
盛岡は、川の町。北上川が町を貫く。夏のおわり、その川に灯が流れていくのを、橋の上から見送る。
寺町通りをゆっくり歩くと、神社仏閣の石垣がつながって、城下町の骨格がまだちゃんとそこにあるのがわかるんですよね。盛岡城の石組みも、石割桜の巨石も、この土地は「石」がずっと主役を張っているみたいで、それがおもしろいなあと思うんです。
南部鉄器の工房が今も動いていて、南部杜氏の仕事も受け継がれていて、工芸と醸造がふだんの暮らしの隣にある、という感じがこの町にはあります。もりおか啄木・賢治青春館のある通りを歩きながら、PC を開いて仕事をして、夕方に盛岡つなぎ温泉へ、という一日がごく自然に組み立てられる場所なんです。
北上川に雫石川と中津川が合わさる盆地の地形で、岩手山や姫神山が四方から見える、というのは、地図で見るより実際に立つとずっと実感があります。盛岡秋まつりやチャグチャグ馬コのような祭りが年ごとに続いていて、それを知らずに来た訪日客が偶然出くわしたりすると、これは何だろう、とうれしい戸惑いが生まれる、そういう土地なんですよね。
岩手県盛岡市に泊まる
この地に重なるもの
- 志波城跡
- 盛岡城跡
- シダレカツラ
- 盛岡石割ザクラ
- 龍谷寺のモリオカシダレ
- 旧藤野家住宅(旧所在 岩手県江刺市伊手)
- 旧中村家住宅(旧所在 岩手県盛岡市南大通)
- 旧佐々木家住宅(旧所在 岩手県下閉伊郡岩泉町)
- 岩手大学農学部(旧盛岡高等農林学校)
- 岩手銀行(旧盛岡銀行)旧本店本館
- 旧中村家住宅(旧所在 岩手県盛岡市南大通)
- 旧中村家住宅(旧所在 岩手県盛岡市南大通)
- 旧第九十銀行本店本館
- 岩手大学農学部(旧盛岡高等農林学校)
- 旧南部氏別邸庭園
- 十和田八幡平
- 早池峰
- 姫神山
- 盛岡
- 盛岡
- 好摩
- 好摩
- 盛岡
- 盛岡
- 盛岡
- 岩手飯岡
- 青山
- 厨川
- 渋民
- 上盛岡
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- 仙北町
- 前潟
- 山岸