2件の予定
小鹿田焼・窯元体験
山奥に、9軒の窯元がある。 大分・日田市皿山。谷間の集落に、小鹿田焼の窯元が9軒だけある。それ以上でも、それ以下でもない。 川の力で、唐臼が動く。唐臼が、土を砕く。砕いた土で、…
山奥に、9軒の窯元がある。
大分・日田市皿山。谷間の集落に、小鹿田焼の窯元が9軒だけある。それ以上でも、それ以下でもない。
川の力で、唐臼が動く。唐臼が、土を砕く。砕いた土で、器を作る。その器を、登り窯で焼く。全てが、この谷の中で完結している。
外部の人間は入れない。技術は、一子相伝だ。息子にしか教えない。
でも、見ることはできる。
そして、器を買うことができる。
民芸運動の柳宗悦が「日本で最も美しい村」と称した場所。その言葉は大げさではない。ここに来ると、わかる。
小鹿田焼の器は、派手じゃない。でも、使うほどに良くなる。
山奥まで行く価値が、ここにある。
その価値は、来た人にしかわからない。
日田祇園
夜、山鉾に灯がともる。 大分・日田。天領の面影を残す町、豆田と隈。七月下旬、高さ十メートル級の山鉾が、祇園囃子とともに、古い町並みを巡行する。九基。すべて、町内の人の手作りだ。…
夜、山鉾に灯がともる。
大分・日田。天領の面影を残す町、豆田と隈。七月下旬、高さ十メートル級の山鉾が、祇園囃子とともに、古い町並みを巡行する。九基。すべて、町内の人の手作りだ。
昼の山鉾も豪華だが、この祭りの白眉は夜にある。提灯を飾りつけた「晩山(ばんやま)」。無数の灯が、闇に浮かぶ。囃子が響く。祭りは、一気に最高潮へ向かう。
祇園信仰は、約五百年前から。正徳四年(一七一四年)には、今のような山鉾が奉納されていた。豆田八阪神社、隈八坂神社、竹田若宮神社――三社の祭礼。山鉾には毎年、歌舞伎の一場面を題材にした飾りがのる。人形師の手で、命が吹き込まれる。
国の重要無形民俗文化財。ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の一つ。
祭りの一週間前の日曜には、JR日田駅前に山鉾が集まる「集団顔見世」がある。提灯をともした晩山が一堂に会する光景は、必見だ。
日田は、水の町。三隈川が流れ、豆田の町家が残る。昼は町並みを歩き、夜は灯った山鉾を追う。水の郷の夏が、灯りとともに更けていく。
三隈川のそばで、日田杉の香りがすこしだけ空気に混じっているんです。盆地の底に積み重なった歴史は、豆田町の居蔵造の町並みや、広瀬淡窓が開いた咸宜園の静けさのなかに、いまもちゃんと残っていて、歩くたびに「ああ、ここはそういう場所だったんだな」と気づかされる。
ふだんの暮らしを持ち込んでみると、この盆地はなかなか受け皿が広いんですよね。アオーゼのような複合文化施設でぼんやり本を読む午後があって、天ヶ瀬温泉でひと息つく夜があって、小鹿田焼の里まで車を走らせる休日がある。林業と酒造業が根付いた土地だから、木と発酵の匂いが、日常のどこかに薄く漂っているんです。
江戸時代に幕府直轄領として栄えたこの場所は、日本のどこかほかの土地と似ているようで、やっぱり似ていない。日田祇園祭や千年あかりのような祭事が年ごとに繰り返されて、古い品格がそのまま町の骨格になっている。訪れた人が「これは本物だ」と感じるとしたら、たぶんそのせいだと思うんですよ。
大分県日田市に泊まる
この地に重なるもの
- 日田市豆田町
- 小鹿田焼の里
- ガランドヤ古墳
- 咸宜園跡
- 小迫辻原遺跡
- 廣瀬淡窓旧宅及び墓
- 法恩寺山古墳群
- 穴観音古墳
- 小野川の阿蘇4火砕流堆積物及び埋没樹木群
- 東峰村の阿蘇4火砕流堆積物及び埋没樹木
- 大野老松天満社旧本殿
- 長福寺本堂
- 旧矢羽田家住宅(大分県日田郡大山町)
- 草野家住宅
- 草野家住宅
- 草野家住宅
- 草野家住宅
- 行徳家住宅(大分県日田市夜明)
- 阿蘇くじゅう
- 耶馬日田英彦山
- 天ヶ瀬温泉
- 日田ひた温泉
- 釈迦岳
- 釈迦岳南西の頂
- 酒呑童子山
- 日田
- 今山
- 光岡
- 夜明
- 夜明
- 大鶴
- 天ヶ瀬
- 杉河内
- 豊後三芳
- 豊後中川