温泉
この場所の物語
澄んだ水が、まず目に入るんです。山のふところに抱かれた小さな温泉地で、水の透きとおりかたがふつうじゃない。一ノ俣温泉は明治のころに人の手が入りはじめて、大正になってようやく浴場ができた、ずいぶんゆっくり育ってきた湯なんですよ。
アルカリ性の硫黄泉は肌にやわらかく触れて、浸かっているとからだの輪郭がすこしぼやけるような、ふしぎなゆるみかたをするんです。芳玉旅館のように源泉そのままの浴槽を持つ宿もあって、湯治という時間の使いかたがいまも静かに続いている。
長く滞在するなら、この「なにもなさ」がむしろ暮らしの土台になるんだなあ。バスで揺られて降り立つまでの距離が、ふだんの自分をちゃんと遠ざけてくれる。多拠点で動く人にとっては、立ち止まるための場所として覚えておくといいんです。
海の向こうから来た人には、日本の山あいにこういう素朴な湯治の文化がまだ息づいていること自体が、ちょっとした発見になるはずです。歩いて、浸かって、また歩く。それだけの一日が、ここではちゃんと成り立つんですよ。
泊まるなら
一日では、たぶん足りない。
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