温泉
この場所の物語
川のせせらぎが、ずっと底のほうから聞こえてくるんです。田の原川の渓谷に沿って、和風の旅館がぽつぽつと並んでいて、どの建物もどこか似た表情をしている。それは偶然じゃなくて、この町が「歓楽的なものは要らない」と決めて、ひとつの景色をみんなで育ててきた結果なんですよ。
新明館の後藤哲也さんが手で掘ったという洞窟風呂に浸かると、湯の温かさと岩の冷たさがふしぎに同居していて、からだがちょっと混乱するんです。硫黄の匂いをまといながら渓谷沿いを歩くと、二十四軒の旅館がそれぞれ少しずつ違う湯を持っていることに気づく。
長く滞在するには町の規模がこぢんまりしていて、暮らしの道具を広げる余白はすくない。けれど数日泊まって、地蔵湯や穴湯をめぐりながら過ごす時間には、ふだんの旅とはちがう密度があるんだなあ。海の向こうから来た人にとっては、この統一された町並みそのものが、日本の温泉地のひとつの理想形として映るんだと思います。
泊まるなら
一日では、たぶん足りない。
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