温泉
この場所の物語
渓谷の底のほうから、ぬるい湯気がのぼってくるんです。橋の上からのぞくと、薬研の湯がぽつんと川沿いにあって、それがこの土地の「ふだん」なんだなあと気づきます。湯西川温泉は、かつて身を隠すように暮らした人びとの気配が、いまも谷あいの空気ごと残っているような場所です。
天正元年に湯が見つかったと伝わるけれど、それよりずっと前から、この渓谷には人を匿うような深さがあったんでしょう。アルカリ性のやわらかい湯に浸かると、肌がすこしつるんとして、時間がゆるやかに溶けていく感じがするんです。長く泊まるほど、山の静けさが体に沁みてくる。
鬼怒川の奥座敷と呼ばれてきたけれど、ここはもう「奥」というより、ひとつの独立した暮らしの場なんですよ。多拠点で過ごす人にとっては、日常をしずかに組み立てなおせる谷間です。訪日の旅人には、落人伝説という歴史のひだに触れながら歩く、ちょっとふしぎな山村体験になるはずです。
渓谷沿いの宿のあかりが、夜になるとぽつぽつ灯るのを眺めていると、ここに隠れ住んだ人たちも同じ闇を見ていたのかなあ、と思うんです。
泊まるなら
一日では、たぶん足りない。
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