温泉
この場所の物語
硫黄のにおいが、山の空気にすこしずつ溶けているんです。バスを降りてからさらにタクシーで奥へ進んでいくと、道はどんどん静かになって、やがてたった三軒の宿だけが待っている場所にたどり着くんですよ。ここが塩原温泉郷のはじまりの地、元湯温泉なんだなあ。
千二百年ほど前に湯が見つかり、かつては「元湯千軒」と呼ばれるほどのにぎわいがあったそうですが、大きな地震で一度は廃れ、それでもまた人が戻ってきた。湯がそこに湧きつづけるかぎり、ひとはそこに帰ってくるんですね。ふしぎな黒い色をした湯に浸かると、からだがじんわりとゆるんでいく。
温泉神社のそばを歩くと、古式湯まつりが守られてきた時間の厚みを感じるんです。長く滞在するなら、この「なにもない」がぜいたくに変わる場所だと思います。多拠点で暮らす人にとっては、ふだんの速度をいちど手放すための拠点になりうる。
遠くから来た旅人には、含硫黄の黒湯という、ほかではなかなか出会えない湯の色と手ざわりが、そのまま記憶になって残るんです。
泊まるなら
一日では、たぶん足りない。
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