温泉
この場所の物語
流紋岩の裂け目から、湯がじわりと噴き出しているんです。沼の底からも湧いている、というのがなんだかふしぎで、丸沼そのものが大きな湯船みたいに思えてくるんですよ。群馬の山のずっと奥、冬のあいだは道が閉ざされてしまうから、ここに浸かれるのは春から秋にかけてのほんのわずかな季節だけなんです。
一軒宿の丸沼温泉に泊まると、ふだんの時間の流れがすこし止まったような心地になるんだなあ。かつて開高健や井伏鱒二がこの宿を定宿にしたのは、書くことと黙ることの両方に向いた場所だったからじゃないかと思うんです。ナトリウムの塩っぽい湯は、肌にやわらかく残って、歩いたあとの足をちゃんとほどいてくれる。
長く滞在するなら、日々の輪郭がゆるやかに溶けていく感覚をたのしめるし、暮らしの拠点にはならない不便さがむしろここの値打ちなんですよ。訪日の旅人にとっては、バスを乗り継いでたどり着く深山の一軒宿という体験そのものが、ほかでは得がたい時間になるんです。
泊まるなら
一日では、たぶん足りない。
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