温泉
この場所の物語
硫黄のにおいが、すこし手前から風にのってくるんです。標高の高いところに、ほんの数軒の宿がならんでいて、それだけでもう「ここは生活の場所じゃなく、湯の場所なんだな」とわかる。高湯温泉の湯は、江戸のころからずっと山の上から自然に流れ落ちてくるもので、人が手を加えて温めたり薄めたりしていないんですよ。
奥羽三高湯のひとつに数えられる、ふしぎなくらい硫黄の濃い白濁の湯に浸かると、からだがちょっとびっくりしたあと、じんわりゆるむ。共同浴場のあったか湯に歩いて寄るのもいいし、六軒しかない宿のどこかに泊まって、ただ静かな時間をすごすのもいい。
観光の名所をまわるような場所ではなくて、むしろ「なにもしない」がふだんの暮らしになる、そういう土地なんです。長く滞在する人には湯治場の空気がそのまま生活のリズムになるし、多拠点で暮らす人にとっては、ここだけの濃密な静けさが拠点の意味をつくる。
訪日の旅人には、磐梯朝日の山懐に抱かれたまま四百年ほど変わらずにある湯の流れそのものが、この国の時間のかたちとして伝わるんだなあと思います。
泊まるなら
一日では、たぶん足りない。
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